KU/KAN賞2010 選考経過
第4回KU/KAN賞
[旭山動物園]
KU/KAN賞も4回目となった。空間デザインの領域を分野に限定しないで幅広くとらえることと、一方で個々のデザイン事例の独自性を深く追求することの両方を同時に判定することはかなり難しい。KU/KAN賞に、いつも程よい判定が待ち構えているわけではないのだ。だから選考のたびに、この賞の意義、目的をあらためて議論し再確認してきた。KU/KAN賞は大げさにいえば、20世紀を終えた近代デザインが、これから向かう先の創造に関与すると思っている。自分たちが知っている枠に閉じ込めることなく、選考の場に投じられたデザインに向き合うこと。そうした了解も選考のたびに共有された。
2010年4月6日に選考委員から今年の推薦が提示され、4回目のKU/KAN賞選考を開始した。推薦対象は4月20日の中間検討を経て、5月25日に12点を選考対象として確定した。個人のデザイン実績への評価が5点、施設や街づくり、公共空間への評価が6点、空間写真からの永年の貢献が1点であった。6月15日、7月2日の2回にわたり、それぞれの推薦理由をめぐって、その12点が議論された。中にはファッションデザイナー・川久保玲が表現するショップ空間や、写真家。杉本博司の手がける特異な空間業績なども含まれていた。最終選考(7月2日)に残ったのは、田中寛志(資生堂に代表されるウインドウディスプレイデザインへの評価)、星のや軽井沢・京都(リゾートマネジメントと環境の共生)、旭山動物園(行動展示というアプローチの可能性)、丸の内中通りの街づくり(高質な公共性と界隈性が融合する街づくりへの評価)の4点である。
選考の過程は前述したように難しい。困惑もかかえる。思いもよらぬ推薦の提示はラグビーのタックルを受け止める気持ちになる。旭山動物園は何よりもタックルとして選考委員の前にあった。動物園の空間現象が対象である。資料を集め、関連する映像や映画を見、動物園スタッフにもアタックし、この動物園の空間の生成の仕組み(行動展示)を情報として浴びたのち、ラグビー選手の気分で選考委員2名が旭川へ向かった。
私たちは旭山動物園を「空間の可能性」の極めて魅力的な表出と受け止めた。旭山動物園の試みは、人間の視点からの空間の見直しを迫る。動物園という人間以外の主体がいる場では、人間中心の世界観は一種の錯覚でしかない。旭山動物園では、動物の行動が空間を生成する。そして思いもよらぬ空間の隠れた次元をつくり出す。私たちはこうした旭山動物園の空間現象を、もうひとつの「デザイン」、それも大変示唆に富んだデザインの思考として了解した。20世紀的な人間中心主義をいまだに奉じるデザイン業界にとって、それは目から鱗なのである。商業デザインの現場にも有効であろう。例えば、動物とヒトとの双方向コミュニケーション展示の成功は、人間の欲望と商品ががんじがらめな一方向コミュニケーション空間に陥っている百貨店空間にとって、大いに参考となるはずである。あるいはまた、車が冷凍マグロのようにころがっている日本中の車ショールームにとって、販売促進の大きなヒントとなるはずである。
最終選考は選考委員の採決によるが、KU/KAN賞は単純な多数決が決定要因ではない。選考対象が将来のデザインの場面にどこまで有意義な観点を投げかけられるのか。そのことの議論が優先する。これを踏まえ、第4回のKU/KAN賞は最終採決、「旭山動物園の行動展示」に決定した。
空間デザイン機構理事長 飯島直樹
年鑑日本の空間デザイン2011 / 六耀社